婚外子コラム「『普通の家族』に憧れた」

こんにちは!
婚外誌」を運営している管理人です!

今回は婚外子の視点で「『普通の家族』に憧れた」について書いていきます。

よければ最後まで見ていってね!!

「普通の家族」とは

皆さんは「普通の家族」について考えたことはあるだろうか。
自分が子どもの時を思い出して考えてほしい。

それは「父親」「母親」がいること?

両親が結婚していて、 一緒に暮らしている。
休日には、家族でどこかに出かける。
ご飯を一緒に食べる。
他愛ない会話をする。
手を繋いで歩く。

そんな光景。
自分にとってはこれが「普通の家族」のイメージだ。

あなたにとっての「普通の家族」はイメージ出来ただろうか。

自分の家族は「普通」ではなかった

実際、私の家族はイメージ通りではなかった。
いわゆる 「普通ではない」家族だ。

私は婚外子として生まれた。
父親はいない、母親だけ。 (その後、母親とも絶縁して、祖母の養子になった)

両親と手を繋ぐこともない。
家族で出かけることもない。

「普通の家族」のイメージとは程遠かった。

ただ、周りが羨ましかった。そして寂しい。

街中や公園などで、 父親、母親、子どもが、 手を繋いで歩いている。

「今日のご飯は…」「楽しかった、○〇にまた行きたい!」

などのそんな、ささやかな会話。
とても楽しそうだ。

その光景を見るたび羨ましく感じてしまう。

友達の家に遊びに行ったときの家族写真。
家族旅行の話や、授業参観に来る両親。

周りとの差を感じるたびに、とても寂しく思う。
なぜ、こんなにも違うのか。

絶対に手に入らない現実

どれだけ羨ましがっても、 どれだけ寂しくても、 絶対に手にすることはできない。
そんな現実を直視しながら、生きていくしかない。

「諦める」しかないのだ。
子どもの時から。

現実を直視する痛み

「普通の家族」に憧れる、そんな自分。
でも、手に入ることはない。

この現実を直視することは、とても痛い。
ただ自分が惨めだ。

周りと生きている世界が違う。
身体と心が重い。

そっちに行きたい。
でも叶うことはない。

大人になった今でも

両親で子どもの手を繋いでいる光景。
家族で楽しそうに歩いている光景。

大人になった今でも、それを見ると思い出す。
羨ましく思う気持ち。
同時に寂しくも思う気持ち。

これは一生の呪いだ。
たぶん、心はまだ子どもなのだろう。
あの時と何も変わらない。

あなたはどうですか?

この記事を読んでいるあなた。

「普通の家族」に憧れたことは、ありますか?

羨ましいと思ったことは、ありますか?

寂しいと思ったことは、ありますか?

それとも「自分じゃなくて良かった」と思いましたか?

大丈夫。
責めているわけじゃないですよ。

私がただ、例外なだけです。
あなたは、何も悪くない。

おわりに

いかがでしたでしょうか!
今回は「『普通の家族』に憧れた」について婚外子の視点で、私が経験したこと、思ったことを元に書いてみました。

婚外子が皆、そうではないと思います。
けれど、多くの婚外子は私と同じような経験をした方は多いのではないでしょうか。

ぜひ、コメントや感想を待ってます!
以上、管理人からでした!!
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私は「婚外誌」という婚外子(非嫡出子)の方へ向けたサイトを運営しています。
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